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自意識をひっぱたきたい

自分は異様に空気が読める人間だと思っていたけど、読んでいたのは過剰な自意識でした。

俺は空洞 つまらない

僕は、やたらと一日一日に意味を追い求める。

 

自分は頭がおかしいんじゃないかな、と思う。

 

 

今日は、昨日の20時頃に起床して一日がはじまった。

 

起きてすぐ、本を開いた。

 

前の日に目が痛くてあまり本を読めなかったから、今日は読まなきゃ!と思っていた。

 

10pくらい読んで、本が読めなくなった。

 

どうやらまだ目が疲れているらしい。本を読むと目がすぐに痛くなっていった。

 

ボーっとしてるのももったいないので、とりあえずご飯を食べた。

 

食べた後に、もう一度本を開いた。

 

2pくらいで断念した。

 

やることが無くなった。

 

ボーっとしてるのももったいないので、ツイッターをやらなきゃと思って、ツイッターをやった。

 

また本を読もうとした。

 

相変わらず目が痛くて読めなかったので、パソコンでまとめサイトを見ていた。

 

まとめサイトを見ていても、僕はあまり意味を感じることができない。

 

やばいな、と思って夜中の1時くらいになって研究室に行こうと思った。

 

環境が変われば本が読めるんじゃないかと期待して。

 

 

研究室について、本を開いた。

 

20pくらい読んだら、また目が痛くなってきた。

 

本を読むのを断念して、ご飯を食べてツイッターまとめサイトを眺めていた。

 

研究室では僕はなんてダメな人間なんだろうとずっと罪悪感を感じていた。

 

まとめサイトを眺めながら、貧乏ゆすりが止まらなくなった。

 

そんなことしてたら朝になった。

 

こんなイライラしてる状態の時に誰かが来たら嫌なので、家に帰ることにした。

 

 

最近ツイッターでできた友達に教えてもらった、ゆらゆら帝国空洞です を聴きながら帰り道を歩いた。

 

『意味を求めて無意味なものがない』 

 

という歌詞が胸に突き刺さった。

 

僕には無意味さを楽しめる心の余裕が無い。

 

上山和樹さんも「ひきこもり」だった僕から でこんなことを言っていた。

 

『「これではいけない」と、無理に小説を読み続ける。「自分は意味のあることをやっている」という言いわけのための、義務としての読書。』

 

笑えるでしょう。

 

完全に僕のことです。

 

意味を追い求めることが義務になってしまう。

 

それはとても心苦しいものだ。

 

 

ゆらゆら帝国空洞です は、こんな歌詞から始まる。

 

『 ぼくの心をあなたは奪い去った 俺は空洞 でかい空洞

 全て残らずあなたは奪い去った 俺は空洞 面白い

 バカな子どもが ふざけて駆け抜ける 俺は空洞 でかい空洞

 いいよ  くぐりぬけてみな  穴の中 どうぞ 空洞   』

 

俺は空洞 面白い 

 

言ってみたいなぁ…。

 

 

僕は自分が空洞であることを恐れて埋めようと必死になっている。

 

でも、僕が感じている空洞は、歌詞にあるような誰かが奪い去ってできた空洞では無い。

 

僕の心を奪い去る“あなた”がいないから、僕は空洞に耐えられないのかもしれない。

 

誰かが空洞な自分をくぐりぬけてくれるのなら、自分は空洞のままでいても意味が感じられる。

 

自分は誰かが通るための空洞なんだから。

 

誰も自分の空洞をくぐりぬけてくれないから、空洞は空虚にしか感じられない。

 

だから僕は何かに憑りつかれたように空洞を埋めようとしているのかも。

 

俺は空洞、面白い

 

そんな風に言えるわけがない。 

 

 とかなんとか考えながら歩いていたら、帰り道にある書道教室の窓に飾られていた小学生の書初めが目に入った。

 

『希望の光』

 

『伝統の美』

 

『助け合い』

 

という言葉が並んでいた。

 

何も心に響かなかった。

 

世の中はこんな上っ面な言葉を嬉々として使うやつばかりだ。

 

そんな連中は僕の空洞の入り口のとこで引き返していく。

 

その結果が、小学生の書初めに毒づく21歳の僕である。

 

こんな僕でも幼稚園の頃から習字教室に通っていたので、書初めは何度も書いた経験があるというのが何とも皮肉だ。

 

上っ面な言葉で嬉々とする連中がエンジョイしだすGWが始まる時間だ。

 

誰も通過しない空洞の僕は寝ようと思う。

 

おやすみなさい。

 

 


ゆらゆら帝国 FACTORY LIVE 0929 [3_3] - YouTube

 

 

空洞です

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