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自意識をひっぱたきたい

自分は異様に空気が読める人間だと思っていたけど、読んでいたのは過剰な自意識でした。

部屋の中に意味が生まれた

僕の部屋にはあまり物が無い。

 

生活に必要なもの一式と、漫画と本しか無い。

 

その漫画と本の中に、これには思い入れがある!と言えるものは今まで無かった。

 

ただ生活に必要なものと、思い入れの無い本たち。

 

自分の部屋だけど、他人の部屋のような感覚。

 

突然火事になって部屋のものが消滅したとしても、何も思わなかったと思う。

 

現に、僕は大学に入学してから今まで、外出する時に鍵を閉めていなかった。

 

泥棒が入って何を盗んでいっても、そんなことどうでもよかった。

 

『鍵閉めてない』って大学の友達に言うと

 

『ありえねー!』

 

とか

 

『バカじゃねーの!』

 

とか言ってくるけど、みんな部屋の中に何か守りたいものがあるんだなぁ。

 

幸せだなぁ。

 

と思いながら聞いていた。

 

友達の部屋にお邪魔して、フィギアとかが飾ってあると

 

(これ飾ることによって何の意味があるんだろ…)

 

といつも思っていた。

 

でも最近、少しだけ自分の部屋の中に意味を見出すことができてきた気がする。

 

 

意味が見出せるといっても、今のところ、1つの本と1つの漫画だけである。

 

ハンナ・アレントの『人間の条件』

 

 

山本英夫の『ホムンクルス

 

二つとも、ブログで取り上げたもの。

 

福山雅治の「虹」は人間の条件 - ファッションひきこもりによる自分研究

 

漫画『ホムンクルス』 - ファッションひきこもりによる自分研究

 

ホムンクルス』は、2年前から部屋にあった。

 

一度読んだこともある。

 

それなのに、最近まではそれが意味を感じられるものとは思えなかった。

 

どうしてだろう。

 

 

僕は、大学に入学してからずっと意味を求めていた。

 

なんのための意味を求めていたのかもわからない。

 

それは同時に、自分のことがわかっていないということでもある。

 

ただ漠然と、意味を求めていた。

 

それは物知りになりたかったからかもしれない。

 

モテたかったからかもしれない。

 

就職に強くなりたかったからかもしれない。

 

いずれにせよ、自分らしさとは何も繋がらない理由ばかり。

 

この欲望は全て、親や友達やマスメディアが称賛しているものに向けられている。

 

そこに自分らしさは何もなく、ただ周りの人間が何となく求めているものだ。

 

惰性に促された欲望だ。

 

それは『ホムンクルス』を買うに至った理由に現れている。

 

大学1年の頃、僕はひたすら人気のある漫画や本ばかりを集めていた。

 

アマゾンのレビューが高いものや、ネット検索で人気なものを探して買い漁っていた。

 

そのうちの一つが『ホムンクルス』である。

 

人気な本や漫画を持っていること、それを読んだ経験があること。

 

それが僕が僕であることの意味になると思い込んでいた。

 

読みさえすればよかったのだ。

 

特にその漫画から自分が得られた感動やら教訓の感触は関係なく、

 

読む経験そのものだけが大切だった。

 

読んだことをアピールする言葉は

 

『この本は深いね!』

 

『これには考えさせられたよー!』

 

『この本ほど感動するものはない!』

 

と、どんなものにでも言える言葉ばかりだった。

 

ただその本を称賛している人のマネをしようとしたからこうなった。

 

読んでいたのは本ではなく、それを称賛する人の言葉だった。

 

こんなことばかりしていたから、本や漫画が部屋にたくさんあっても、そこには意味が感じられなかったのだと思う。

 

ではなぜ最近、意味を感じられるようになったのか。

 

 

 

大学2年の1年間で、自分について考えてきたことが大きかった。

 

他者と自分の違いを考えることで、自分が人よりも得られているもの、失われているものを考えていく態度が身についたのだと思う。

 

『人間の条件』と『ホムンクルス』は、今のところ自分が最も失っているなぁ、と思うことが描かれていた。

 

それは僕が生きている実感を得るために必要だと思われる生き方のことだ。

 

この感覚が芽生えた時、僕はやっと本を読むことができた。

 

それは、その本を称賛している人間の言葉を読むのとは全く違うことだった。

 

その本の物語の中に自分が入り込み、自分が失っているものを物語の中で取り戻す感覚。

 

この確かな感覚は、他の人と意見が違おうとも、惑わされるものではない。

 

失われているものは人それぞれ違うし、読んで得るものも人それぞれ違うからだ。

 

そのことにやっと気づけた。

 

自分が今現実で失っている経験を、本の中で体感できた。

 

だから『人間の条件』と『ホムンクルス』を読んだ時に、その物語に僕の生き方の理想を感じた。

 

僕は、これから悩んだときに、部屋の中にあるその本を読むことで自分を奮い立たせるかもしれない。

 

あるいは、背表紙を見るだけで、癒されるかもしれない。

 

実際に、その本が部屋にあるだけで、自分を支えてくれるような気持ちになる。

 

失われたものを取り戻すために、一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。

 

やっと、少しだけだけど、部屋の中に意味を見つけることができた。

 

まるで、その本があるところだけ光が差し込んでいるような感覚だ。

 

 

 

自分の部屋のものに愛着を持つことなんて当たり前のことかもしれない。

 

その当たり前の気持ちを、最近少しだけ知ることができるようになったので、

 

とても嬉しいのであった。