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自意識をひっぱたきたい

自分は異様に空気が読める人間だと思っていたけど、読んでいたのは過剰な自意識でした。

離人症だったN教授に諭された話

 今年の夏休みにとある本を読んだ。同じ学科のN教授の本を。N教授とは一度トランプをしたくらいの関係しかない。去年の冬に、僕の所属しているゼミの研究室に入ってきて、急にトランプをやろうと申し込んできた。そしてトランプをやりながら、『トランプ懐かしいなぁ。大学院の時はよくやってたんだけど、そこからやった記憶が無いということだから、ちゃんと勉強してきたってこどだなぁ。』とニコニコ自分の話をするだけして帰っていった。それ以外の印象といえば、講義で綺麗ごとばかり言っている印象しかなかった。

 

 夏休みにそんなN教授の本のあとがきを読んだ時に、驚愕の事実を知った。『私は大学に入学してしばらくすると離人症になり…一年ほど実家に引き籠もっていた。』とそこには書かれていた。今でこそ雄弁に綺麗ごとを語っているN教授だが、大学時代はそんなに苦労していたとは。自分も大学に入ってから急激に人間関係がめんどくさくなって家に引き籠ってばかりいるので、急にN教授に親近感が湧き、後期からN教授の講義に出るようになった。

 

 N教授の講義は体系だっておらず、自由連想のような講義だ。昨日は丁度、そんなN教授自身の離人体験の話から始まった。

 『みんなさぁ、自分の人生の中で、自分が心から声を出せる時期と、心から全く声が出せなくなる時期がきっとあるよね。僕はさぁ、中学と大学の時に全く人と話せなかったんだ…。』

と、いじめやら家庭内暴力やらの体験を語りながら、黒板にグラフを描き出した。「心から声を出せる/出せない」を縦軸に、「小・中・高・大」の時間軸を横軸にした線グラフを。

 

 俺は知ってるぞ、俺はお前の本のあとがきを読んだから知ってるぞ!あの何年も前のマイナーなN教授の本を読んだのなんてこの教室で俺くらいだろう。アマゾンにレビューも書かれてないし、在庫もたくさんあるくらい人気の無い本だ。俺くらいしか読んでないに違いない!と少し興奮しながらN教授の話を聴いていた。

 

 するとN教授は、『君たちもコメントペーパーに自分の線グラフを描いてごらんよ。』と言い出した。講義を真面目に聴くのなんてバカバカしい、といつも思っている僕ですが、昨日は真面目に線グラフを描いた。小学校がマックスで中学でかなり下降し、高校で少しだけ上昇させ、大学のとこではグラフを底辺に接触させた。

 

 『描けた人は隣の人と見せ合ってお互いのグラフについて話し合ってごらん。』とN教授。

 隣に座っていた人が少しこちらに視線をやって僕の顔を窺っていたが、僕はずっとボーッとして反応しなかった。だってそうだろ、大学のところのグラフが地面を這いつくばっている人間なんだから。俺のグラフを見て察してくれよ。そんな思いが通じたのか、隣の人は顔を前に向き直し、ボーッとし出した。

 

 周りの人たちが楽しそうにグラフを見せ合っている中、隣の人と2人で5分ほどボーッとしてたら、N教授がまた語り出す。

 

『今日は昔の僕のゼミ生のナオヤの話をしようと思う。ナオヤはね、背が高くて、いつも笑顔で、周囲の人間から人気な男だった。そいつが卒論を書く時期に、「卒論って何を書けばいいのでしょうか。」って俺に聞いてきたんだ。だから大学の近くの飲み屋に連れて行って、卒論について話をしたんだ。俺はその時、何年か前に受け持った女子学生の卒論の要約の紙を持って行った。その女子学生はね、卒論で「自殺で労災が適応されるのか」ってことを研究したよ。彼女のお父さんがね、過労で自殺をしてしまったんだ。その時に、労災の保障について活動をしている人から「一緒に労災について考えませんか。辛いこととは思いますが、お父さんのためにも一筋の光をともしましょう。」と言ってもらえたことが、とても心の支えになったんだって。だから、自分が支えてもらったのと同じように、似た境遇で苦しんでいる人の力になりたいと思い、テーマをそれにした。そんなことがその要約に書かれていた。それをナオヤの前で泣きながら読んだよ。それを酒を飲みながら読むだなんて、彼女に失礼だよなぁ…。』と、N教授は声を震わせながらナオヤの話を続ける。

 

『彼女の卒論の要約を読み終わった後にさ、ナオヤが「卒論とは関係ないけどいいですか」って言ってきたんだ。「何だい」って聞くと、「僕のお父さんは教育委員会の偉い人だから、僕は小学生の頃、何をしても先生に怒られなかった。それは周りの友達も気付いていた。それが原因で、小学校の卒業式の後に、最後に教室に集まった時、僕はたくさんの人から殴られたんです。」ってナオヤが泣きながら言ったんだ。ナオヤはいつも笑顔で人気なやつだったけど、そのことだけは今まで誰にも言わずにいたんだって。いや、だからこそいつも笑顔だったんかもしれないね。目の前で女子学生の卒論の要約を泣きながら読み上げる変なおじさんがいたから、初めて言う気になったっと言っていたよ。その時俺は「もし悩みを打ち明けることの大切さが実感できたのなら、君は似た境遇の人の話を聴く側になるべきだよ。卒論で何をやるべきかはそういった中で見えてくるんじゃないかな。」って言ったんだ。ナオヤはその後いろいろ動き回ってたくさんの人と話をする中で、人が今まで抑圧していた声を上げることで、その声が響きあっていくことについての研究をしたよ。人間の声ってね、そうやって聴く人がいるからこそ響きあっていくものなんだ。聴く人がいなければ声は声にはならないんだよ。今の俺が話してることの中にだって、ナオヤの声は響いているんだ。僕は自分の話をしているけど、少しだけ僕の中に今でもナオヤがいるよね。』

 

 N教授は涙を拭いながら、そんな講義をした。ボーッとしながらも僕は目がうるうるしていた。話の中に出てくる女子学生にもナオヤにも感動したが、N教授が力強く話していること自体に一番感動していた。人前で自分の意見を言うことがとてもできなかったから、大学の頃は家に引き籠もるしかなかったのだろ、N教授よ。それが涙を流しながら自分の理想を大勢の人の前で語れるなんてすごいじゃないか、何があったらそうなれるんだ、N教授よ。

 

 

 

 講義が終わって、しばらく図書館で暇つぶしをして、家に帰ろうとした時にN教授とバッタリ遭遇。一応顔見知りなので、「こんちは」と会釈をしたら、ニヤニヤしながら近づいてきて、「今から飲みにいかない?」と言ってきた。あー、コメントペーパーに描いた地べたを這いずり回る僕の線グラフに同情でもしてくれたのだろうか、とか考えながら、「はぁ」と気の抜けた返事をして飲み屋についていった。ナオヤの相談を受けた時と同じ飲み屋のようだ。

 

 はじめに出身地を聞かれ、N教授と僕が同じ出身地だということが判明。ついでに高校も同じだった。実家も車で10分くらいの距離だった。なんという偶然よ。

 同郷の仲間を目の前に気を良くしたN教授は、自分の故郷についていろいろ語ってきた。『はぁ、ソウナンデスカ』『へー』『おー、ナルホド』『ソウナンデスネー』『へー、ハジメテ、シリマシタ』と僕は意味の無い言葉でひたすらリズムを刻んだ。N教授の故郷の思い出はどうでもよかった。同じ学科の友人と話す時は『はぁ』『そう』『へぇ』『ふっ』くらいしか言わない僕からしたら精一杯の接待だ。それにしても楽しそうにしゃべるN教授。口角が上がり、頬が厚くなり、よく上を見ながら楽しそうに話す姿はラリってる人のそれだった。薄暗い店内で、テーブルの真上の橙色の電球のかすかな光に照らされ、陰影のはっきりと刻まれたラリ顔は、とても不気味であった。一体この人は誰と話をしているのだろうか。心の中にいるたくさんの人とでも話をしているのだろうか、と想いながら眺めていた。

 

 そんなこんなしていたら、話は予想通り僕の地面を這いつくばってるグラフの話に。『いやぁ~、人と話す気起きませんよー。』『同じゼミで教授の話をよく聞く人がみんな教授に媚びを売ってるように見えます。』『どうしても人を見下してしまいます。』とかいつもTwitterに投下しているようなことをとりあえず口に出した。

『俺もさぁ、大学院生の頃、教授の話をよく聞いてるやつが嫌でさぁ、いつも独りだったよ。そういう時は、みんながバカに見えるよねぇ。』『でもねぇ、やっぱり自分を知るためにも他者と接するってことが絶対大事だよ。』

 

(あー、俺ナオヤじゃないからな~、うざいなぁ、他者が大事なんて本にたくさん書いてあるよ、そんなこと言われなくてもわかってるわい。)

と、思いながらN教授のありがたい話を聴いていた。返事をどうしようかと考えたけど、媚びるの嫌なので、

 

『まぁ他者とか言ったって無理っすよー。自分の欠点なんてR.D.レインの「ひき裂かれた自己」読んで重々承知してますよー、それでも無理なんすよー、あはは。』と言った。N教授は口を閉じて少しにやけて無言でこっちを見ていた。見守っていたとも言えるだろうか。その顔はもうラリってはいなかった。

 

 お話しができて良かったよ、N教授。大学時代に引きこもり、大学院時代に周りを見下していた人間でも、大人になって立派にラリれることができるのだな。

『俺はねぇ、どん底だった時代があって良かった。今自分は周りに必要とされてるかって聞かれても自信は無いけど、俺は今の自分がいいんだ、今の自分でいられて嬉しいんだ!』と力強く言っていた姿が美しかった。

 

 N教授のおかげで、人を見下して引き籠もっている自意識過剰な自分を大切にしようと、少しだけ思えるようになった。これからもこの自意識と付き合っていくぞ。ありがとよ、N教授!

 

 いつかラリれる大人になりたいです。

 

 

 

 

ひき裂かれた自己―分裂病と分裂病質の実存的研究

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